PostCoffeが扱うコーヒーの味わいにひとつとして同じものがないように、コーヒーの味を決めるキーマン・ロースターたちの個性もまた千差万別。さまざまな経緯でコーヒーと出会い、魅了されてきた彼らの背景を覗き見るインタビュー企画。今回お話をうかがったのは、京都でエルサルバドルのコーヒー豆を扱うブランド「コヨーテ」の門川雄輔さん。

喫茶店カルチャーや人気コーヒーショップが軒を連ねることでも知られる京都を拠点に、ラテンアメリカ・エルサルバドルのコーヒー豆に特化したブランド「コヨーテ」を展開する門川さん。伏見稲荷で有名な京都・伏見で生まれ育ったという門川さんが、なぜ国内でも流通量の少ないエルサルバドルのコーヒーを扱うことになったのか。まずは氏の生い立ちから話を聞いた。
原点は、伏見のお酒とアイススケート
「地元はいわゆる下町のような雰囲気のところで、酒づくりで知られる場所。近所にも大きな酒蔵があって、歩いているとお酒の香りがするようなところでした。酒造りの街ということで周りも早くからお酒を飲んでいましたし、僕自身も自然とお酒が大好きになりました。家族や地域のみんなで美味しいお酒を楽しむという文化にずっと触れてきたので、そういう意味では美味しいものを楽しむ視点って、自分のなかではコーヒーじゃなくて日本酒なんです」
まだコーヒーを飲みはじめる以前の幼少期、父の影響でアイススケートに没頭していたという門川氏。ショートトラックの選手として国体にも出場するなど、選手として日々練習に没頭していたことから、小学校から大学まで趣味に時間を費やしたという記憶がないという。進学し、アイススケートの引退を意識した大学3回生のある日、門川さんの運命の歯車が動き出す。
「引退して何か自分の好きなことに時間を使いたいなと思ったときに目を向けたのが、海外留学でした。当時は漠然と海外での暮らしみたいのに憧れを抱いていたんですが、行くなら周りの友人とかが訪れていない場所で、大学時代に少しだけ勉強していたスペイン語圏を学び直せる国かなって。そこで選んだのが、グアテマラ共和国でした」
ラテンアメリカへの留学中にコロンビアのコーヒー農園を訪れる機会があり、そこでコーヒーに関するひと通りの生産プロセスを見せてもらったり、農園で収穫を体験させてもらったと話す門川氏。日本で何気なく飲んでいたものの“意外な実態”に衝撃を受けた経験はとても大きく、そこからコーヒーに夢中になったという。
「日本で海外のコーヒーを飲む機会があっても、コーヒーそのものについて知る場面ってほとんどないんですよね。自分も、コーヒーチェリーという果実があって、それがコーヒー豆なんだ程度の知識はありましたけど、まずその果実を間近で見たことなんてなかったし、完熟のコーヒーチェリーを見極めることすら難しい。収穫自体もすごく過酷だし、出荷までの工程もすごく多いんですね。とにかくはじめてだらけで、すべてが刺激的に感じられました」
モチベーションは、ラテンアメリカの人びとへの恩返し
「ラテンアメリカを旅していた当時はとにかく貧乏で、路上で漢字を書くパフォーマンスをしてお金を稼いだりもしていました」、そう笑って話す門川さんだが、そのとき現地のたくさんの人たちに助けてもらったとも。お金のないよくわからない外国人である自分を家に泊めてくれたり、食事を食べさせてくれたり、現地の人びとは心の豊かさや人の温かみを教えてくれたと話す。
「帰国してから『あのとき助けてくれた人たちに恩返しをしたいな』と考えている自分に気づきました。コーヒーも大好きになったことだし、コーヒー屋さんで働いたらもしかすると産地に行けたり、仕事を通じて彼らの役に立てるかもと思い立ちました。恥ずかしながら賢くない発想ですが(笑)。そこで地元のコーヒー専門店に就職しました」
就職先に選んだのは、京都屈指のコーヒー専門店として知られる「小川珈琲」。そこで営業職としてコーヒーの世界に携わることに。
「営業をしていた当時はスペシャルティコーヒーではなく、コモディティコーヒーと呼ばれるようなライトな感覚で向き合うことの多い製品を扱っていたわけですが、業務を通じてコーヒーにまつわる基礎知識をインプットすることができました。お客様であるスーパーの店員さんもコーヒーのことを知らない方がほとんどなので、知識のない方にもわかりやすく魅力的に製品を訴求するにはどうしたらいいかという伝える力も養えましたし、小川珈琲での経験はいまも自分のなかですごく大きな骨子になっています」
「伝える力」はスペシャルティコーヒーを扱う今こそ重要な力であり、コモディティコーヒーについて知っているからこそ良いコーヒーの魅力を意識して伝えられる側面もあると、門川さん。結果としてさまざまな目線でコーヒーと向き合う力が養われるなか、より具体的なかたちでラテンアメリカのコーヒー生産者さんをサポートしたいという思いも次第に肥大化していく。
「『産地へ足を運ばなければ』と焦るような気持ちも大きくなるなか、営業の仕事をしつつ合法的に産地へ長く滞在できる方法を模索していました。そんなある日、偶然『JICA(国際協力機構)』の青年海外協力隊の取り組みのなかにエルサルバドルの案件を見つけたんです。それも、コーヒーの小規模生産者が多い地域でのスペシャルティコーヒーのPRサポート業務。応募しないわけがないですよね。その翌日には会社に辞表を提出しました」
豆の入手からはじまった京都の“コヨーテ”
青年海外協力隊の審査にも無事合格し、2018年には再びラテンアメリカを訪れ、エルサルバドルのコーヒー農園に住み込みで働くことに。コロナ禍で帰国が半年ほど早まったものの、多くの収穫があったという。
「帰国間近となった3月、その時期はちょうど世界中からコーヒーバイヤーが訪れるタイミングなのですが、コロナ禍やロックダウンでバイヤーが来られないという状況に直面しました。各国のカフェもクローズしていたことから、インポーターがコーヒー豆のオーダーをキャンセルするといった事情もあり、普段は売り切る人気の生産者たちも手元に在庫を抱えている状況でした。それを横目で見ていて、今こそチャンスなんじゃないかって頭をよぎったんですよね。それで決意しました。その豆、ぜんぶ僕が買おうと(笑)」
周囲の人びとのサポートを受けつつ資金調達に成功した門川氏は、現地で約8トンのコーヒー豆を購入。日本にショップもなければオフィスもない状態で、“コーヒー豆を手にいれる”ところからスタートしたのが、氏のブランド「コヨーテ」だ。

「決して今が安泰なわけではありませんが、思い返せば凄いリスクがあることしてるなと自分で思いますね(笑)。そうした背景から、他のコーヒー専門店にはさまざまな産地の豆が並ぶのに対し、うちの店ではエルサルバドルの豆だけ。ただ、一緒に生活をしてきた人たちが作ったものなので、自分たちが扱う豆についてはすべてのことを把握しています。どんな農園で作られたどんな品種で、そこがどういった標高にあるどういった気候の場所で、その農園の息子さんはいま何歳で、みたいにね。言葉を変えれば、その豆の味覚・嗅覚に関する魅力だけでなく、背景にあるストーリーもお客様にお伝えすることができる。他の場所の豆だと、たとえ美味しく焙煎できたとしてもそれ以上のストーリーを提供することはできませんから」
エルサルバドルのコーヒー専門店となった「コヨーテ」。そもそもエルサルバドルはラテンアメリカ諸国のなかでも他国と比較してコーヒー豆の生産量が高いわけではなく、世界でも25、6番目。日本のコーヒー専門店でもラインナップに1種類あるかどうかの品種で、世界的にみても専門店は珍しく、エルサルバドルのコーヒー豆を専門に扱うことがいかに稀有なことかがうかがえる。ちなみに店名の“コヨーテ”にも、現地のコーヒーシーンにまつわる特殊な由来が隠されているそうだ。

「ラテンアメリカのコーヒー業界には“コヨーテ”と呼ばれる職業があるんです。彼らはいわゆるブローカーのような存在で、地方のアクセスが悪い農園などに赴いて豆を安価で仕入れて、エクスポーター(輸出業者)に高値で売りつけることで収益を得ています。流通の部分では必要な存在かもしれませんが、透明性の部分でいうと健全ではありませんよね。そうしたずる賢い動きを動物のコヨーテになぞらえているそうです。現地ではネガティブな言葉でもあるんですが、エルサルバドルのコーヒーカルチャーにおける象徴的なワードでもあるため、あえてブランド名にしました。また、僕たちは限りなく中間業者のないかたちで豆を仕入れさせてもらっていることもあり、彼らが作る豆の魅力をどれだけの人びとに伝えられるか、どれだけのメリットをもたらせるのか、自分たちがどれだけ良いコヨーテになれるのか、そんな思いも込められています」
エルサルバドルのコーヒー専門を謳うことの宿命
「豆自体の品質はどれも非常に高いことはいわずもがなですが、僕たちとしてはお客様に対して、それぞれの豆の個性とともに、作り手の個性というのもお伝えできるよう努力をしています」、そう話す門川さん。コヨーテではカスタマーに対してデザインを通じたコミュニケーションにも積極的に取り組んでおり、生産者さんが書いたサインがラベルに入っていたり、QRコードから生産者さんの顔写真や農園の情報が確認できるといった施策にも注力。現在京都市内に2つの店舗を展開し、エルサルバドルのコーヒー豆の魅力普及に尽力している。
「はじめにオープンした『COYOTE the ordinary shop』は京都駅からすぐ近くということもあり、いわゆる街のカフェとしてさまざまな方に足を運んでいただいています。その反面、エルサルバドルのコーヒーが尖りすぎていることもあって、豆そのものの魅力をお客様にしっかりと伝えきれていない部分がありました。そこで、エルサルバドルのコーヒーの魅力をより深く布教できる場所として、2023年1月末に2店舗となる『COYOTE the roots』をオープンしました。エルサルバドルのコーヒーについて興味を持ってくださる方や、僕たちのコーヒーを目指して来てくださるお客様に対して、スタッフと密に対話をしながら味わっていただけるコミュニティスペースのようなコーヒースタンドです」

「煎り方も絞っていないし、好みは人それぞれでいいんじゃないかと思っています」と話すように、あくまでフラットなスタンスでエルサルバドルのコーヒーを提供するコヨーテ。トレンドの浅煎りコーヒーなども肯定しつつ、門川氏が重視しているのは“何となく美味しいコーヒー飲みたくて来てくださったお客様”なのだと続ける。
「言い方を変れば、コーヒーに詳しくないけれどコーヒーがお好きな方で、そういう方にとって普段飲まれているコーヒーからかけ離れすぎてしまうと、ギャップを抱かれてしまうことにもなりかねません。だから“コーヒーらしいコーヒー”を飲んでいただけるように気をつけています。そういうコーヒーって、スペシャルティコーヒーのなかでは希少性も高くないし、産地ではそんなに値段がつかないものがほとんど。ただ、そういうコーヒーをどれだけいい値段で買えるかが、僕にとっては重要なことだと思っていて。いつでも飲めてお菓子と一緒にも楽しめるようなバランスの良いコーヒーって、ある意味ではエルサルバドルのコーヒーらしさでもあるので、そこを知っていただきたいですし、ファンになっていただきたいんです」
コーヒー業界から見るとエルサルバドルに特化したコヨーテは良いように見えるかもしれないが、一般のコーヒーユーザーの目線ではそこまで尖らない方が日常的に付き合いやすいというメリットもあり、そのバランスが非常に悩ましいのだと話す門川さん。最後に今後の展望について聞いたところ、つぎのような答えが返ってきた。
「よそのロースターさんに生豆を供給したり、コーヒースタンドでマニアックな接客をするような尖っている部分と、エルサルバドルの豆を意識させずに美味しいコーヒー屋さんとしてデイリーに楽しんでいただく側面。欲張りかもしれませんが、その両方を大事にしていきたい。そして、エルサルバドルの豆といえば『コヨーテ』だよねってならないといけない。店舗を増やして住み分けをしたのもそうした理由からですし、京都には古くからある喫茶店文化や素晴らしいコーヒーショップがあるからこそ、自分たちのような特殊な店の個性が光るんだと思う。その環境を大切にしながら、お客様とラテンアメリカのコーヒー農家さんのために頑張っていきたいですね。スタッフも常日頃、誰に対してやっているのかを考えながらコーヒーと向き合っています」
【プロフィール】
門川 雄輔/YUSUKE KADOKAWA
COYOTE

1992年生まれ。京都府出身。学生時代にエルサルバドルで現地のコーヒー豆に出会ったことをキッカケに、同国の豆に特化したブランド「コヨーテ」を発足。2001年、京都駅近くに「COYOTE the ordinary shop」を、2023年には京都・五条エリアに「COYOTE the roots」をオープン。コーヒバイヤーでありながら、自身も店頭で焙煎や抽出といったクオリティコントロールにも携わる。
【スタッフクレジット】
INTERVIEW&TEXT/NORITATSU NAKAZAWA