MANLY COFFEE|マンリーコーヒー(福岡・平尾)「家庭も夢も諦めない」須永氏が語る、女性の働き方とコーヒーの未来

PostCoffeeがお届けするコーヒーの味わいがそれぞれ異なるように、コーヒーの味を決めるキーマンであるロースターたちがこれまでに歩んできた道も、またそれぞれ。本コーナーは、個性豊かなロースターたちのコーヒーとの馴れ初めや、これまで歩んできた軌跡についてお話しをうかがう連載企画。今回登場するのは、福岡県福岡市のコーヒーショップ「MANLY COFFEE(マンリーコーヒー)」のオーナー、須永紀子氏。

エアロプレスで抽出する須永紀子氏

コーヒー器具・エアロプレスを使った大会「Japan Aeropress Championship」の発起人であり、エアロプレスを日本に広めた第一人者である、須永紀子氏。圧倒的な好奇心と行動力により、世界を駆け抜け、輝かしい経歴を掴み取って来た彼女だが、コーヒーに興味を持ったきっかけは、田舎に住む少女の単なる都会への憧れだったという。


母親として夢を追い続けられたのは、
女性が活躍する姿を見てきたから。

「私は生い立ちが特殊で、中学校1年生から高校3年生までの6年間はシスターになるために修道院に住んでいたんです。修道院での生活は、友達と遊ぶことはおろか、自由に外に出かけることもできない。その反動からか自由への憧れが強くて、短大へ進学したときに、おしゃれの象徴だったカフェのキッチンでアルバイトを始めたんです。コーヒーの香りやお客さまの活気、店内の音楽、そういったカフェが作り出すライブ感が楽しくて、自分のカフェを開きたいという夢が生まれました」

カフェカルチャーに惹かれた須永氏は、海外で暮らしてみたいというもうひとつの夢を叶えるために、独自のカフェ文化が根づくオーストラリアに1年間滞在。そして店名の由来となったシドニーのマンリーで、現在のパートナーと出会い、「ふたりでお店を開こう」と帰国をする。

「開店準備のために、まずはお酒の勉強をしようとホテルのバーで働き始めました。ですが1年経ったころに妊娠が発覚。当時は女性が子育てをしながら働くのが難しかった時代でしたから、働きたいと思うお店は土日の勤務が必要で泣く泣く断念。夢を追いかけていたはずが、いつのまにか社会と切り離されてしまったような感覚でした。でもこのままじゃダメだと思っていたときに、福岡のローカル誌で『ROASTER’S COFFEE 焙煎屋』の記事をたまたま見つけて。初めてお店に行ったその日に『タダでもいいので働かせてください』って直談判したんです(笑)。『いきなり言われても困るよ』と言われながらも、結局毎週土曜日にコーヒーに関する勉強をさせてもらうことになったんです」

そんなときにタイミングよく、スターバックス福岡店がオープン。スタッフに応募し、なんと九州エリア初の主婦第一号として採用される。当時社内では主婦を採用することに反対をする人もいたという。だからこそ須永氏は今後自分と同じような境遇の方が働きやすくなるようにがんばらないといけない。そんな責任感を持ってがむしゃらに働いた。コーヒーの知識はもちろん、経営面や商品の陳列など、見るもの聞くもの触れるもの全てを吸収。その努力は結ばれ、スターバックスの社内競技会「コーヒーアンバサダーカップ」で2代目の優勝者となった。


「これまで女性として母親としてキャリアを積み重ねられたのは、スターバックスのおかげだと思っているんです。なぜかというと、当時のコーヒースペシャリストもバイヤーもシアトルのコーヒーチームのリーダーも、全員女性だったんです。シドニーにあるスターバックスの本社の1階には保育園があったし、みなさん残業もしないし、子供がいても自由に働いていた。ジェンダーが理由で何かを断念する人などいないように思えました。その姿を見てきたから、結婚をして子供がいる状態でも、自分の足で立って夢を追いかけることができたんだと思います」

Manly Coffeeのオープンと
エアロプレスとの出会い。

そして次のステップへ進むために5年間働いたスターバックスを卒業。製菓を学ぶためにケーキ屋に勤務するも、周りのスタッフは製菓の専門学校卒業生ばかり。生クリームの泡立てひとつとってもうまく行かない日々が続いた。

「やっぱり私にはコーヒーしかないんだと思って、手焙煎を始めて、知り合いのパン屋さんの軒下で売らせてもらったら意外と売れたんです。そして500gの手回し焙煎機を買って、オンラインショップを立ち上げました。その9ヶ月後には中古の1kgの焙煎機を購入して、実店舗をオープン。それがManly Coffeeの始まりです」

Manly Coffeeの店舗内

焼き立てのフランスパンを紙袋にザクっと入れて持ち帰るように、焼き立てのコーヒー豆を買って新鮮なコーヒーをお家で楽しんでほしい。日常に根付いたコーヒー屋をコンセプトにスタートするも、開業して1ヶ月後には突然の休業。SCAJローストマスターズリトリートの合宿に飛び入り参加し、そこでスペシャルティコーヒーに出会う。

「それまで当時のコーヒー業界のイメージは、いろんな派閥があり、お互いを牽制しあっている印象で近づき難かったんです。だけど合宿所で出会った方々は、会社や派閥などの垣根を超えて、和気あいあいとスペシャルティーコーヒーのおいしさや楽しさを語り合っていた。そのオープンな雰囲気に惹かれていきました」

コーヒーの新たな世界に感動していた須永氏に、知人が「スターバックスで日本一になったんだから、次は世界一を目指さないとね」と何気なく声をかけた。その言葉にハッとさせられた須永氏は、本格的に世界一を目指し始める。まずは現場を知るために、2010年にロンドンで開催されたWBC(ワールドバリスタチャンピオンシップ)へ向かった。その道中で須永氏を世界に導いた、エアロプレスと出会うのだった。

「その日、エアロプレスの世界大会が開催されていたんですけど、みんなすごく楽しそうにやっていたんです。WBCは参加するためにお金がかかるじゃないですか。でもエアロプレスはエアロプレス一本で出来るし、当時はまだアジア人で挑戦している人もいなかったから、世界一になるならこれだ! と思って。翌年の世界大会にエントリーをして選手として参加しました」

しかし翌々年の世界大会はエントリー方法が先着順ではなく、国内大会の優勝者しか出場できなくなってしまった。ならばと、須永氏が動き出し、2012年に日本で初めてのエアロプレスチャンピオンシップを福岡県で開催。エアロプレスを日本に広めた第一人者として、名を広げたのだった。須永氏はエアロプレスを「可能性の象徴だ」と言う。その理由とは?

「エアロプレスが誕生した背景は、『ドリップコーヒーが美味しく淹れられない』と悩んでいた奥さんのために、フリスビーなどを製造する会社の社長のアラン・アドラーさんが開発したんです。発売当時はあまり見向きをされていなかったけれど、コーヒー好きたちがこれでどんなレシピを作れるんだろうと研究して、エアロプレスの大会が誕生して、今では世界大会が開かれるほど大きなカルチャーとなりました。エアロプレスを楽しみながらも真面目に向き合ってきた、そういう1人1人のアイディアが続いた結果が今なんです。味わいもドリップとは異なる、新しい味わいを引き出してくれました。だから私はエアロプレスを可能性の象徴だと思っています」

心地よく緩やかに、でも野心は持って。
あと5年で世界一を目指す。

Manly Coffeeは今年で15周年を迎える。これまで世界中を飛び回り、さまざまな挑戦を続けてきた須永氏だが、その好奇心はまだまだ留まることを知らない。

焙煎を行う須永紀子氏

「2028年までに焙煎で世界一になるという目標を掲げています。だけど世界一になることに執着しているんじゃなくて、その目標があるから勉強し続けていられるし、何より自分を磨きながら進んでいける、その過程が楽しいんですよね。MANLY COFFEE今後はもっと広い場所でやってみたい。今まではお母さんとして、できる範囲の中で、できることをやってきて、限られた時間と場所でやるしかなかった。だからもっとわかりやすい営業時間で、広くて気持ちのいい場所に行きたい。でも店舗展開とかは全然興味がないんですよ。10店舗オープンするぞとか。全然そういうのはなくて、1つのお店をキラキラに磨いて、近所に住んでいる方も、MANLY COFFEE目掛けて世界からもお客さんが来てくれるような、温かくてわくわくするお店にしたいなと思っています」


野心を持ってがむしゃらに走り続けた15年間で、手焙煎から手回し焙煎機、1kgの焙煎機、3kgの焙煎機、15kgの焙煎機と、着実に規模を大きくしてきた。同時に自分の身体と家族との時間を削って来たことも事実。しかし今はあの時とは違う。新しいフェーズに来ている。

焙煎の様子

「私の原点となったシドニーのマンリーで感じたのは、みんなが生活を楽しんでいるなってことだったんです。週末になれば家族とバーベキューをしたり、ワインをお土産に友達のお家でパーティーしたり、生活の優先順位がお金や仕事よりも家族とそして豊かな時間なんですよね。それはきっとどこに住むかが大事なのではなくて、自分が何を求めているのかが大事。結局自分次第なんです。これまでは無理をしないと夢を掴めないと思っていたからがむしゃらに生きて来ましたけど、これからは心地よく緩やかに、でも野心を持ちながら成長をしていきたいです」



【プロフィール】

須永紀子 / Noriko Sunaga
MANLY COFFEE

Manly Coffee(マンリーコーヒー)のオーナー須永紀子氏

1974年生まれ。福岡県出身。福岡県福岡市のコーヒーショップ「Manly Coffee」のオーナー。「Japan Aeropress Championship」主催者。プライベートでは3児の母親でもある。

【スタッフクレジット】
INTERVIEW&TEXT/RYOTA MIYOSHI