今回は、2014年に「LIGHT UP COFFEE」を立ち上げ、現在、吉祥寺と下北沢に2店舗のお店を構える傍ら、アジアでのコーヒー生産やYouTubeをはじめとするSNSでの情報発信など、コーヒーの魅力を伝えるべくさまざまな取り組みをされている川野優馬氏にお話を伺った。

美味しいコーヒーを広めたい
閑静な住宅街の中に佇む、下北沢の焙煎所。大きなガラス窓からラ・マルゾッコのエスプレッソマシンと大きな焙煎機が目に飛び込んでくる。コーヒーショップというと敷居がすこし高く感じるイメージもあるが、この街に溶け込んでいる穏やかな雰囲気はいい意味で敷居の高さを感じさせない。
インタビューが始まると同時にキラキラした目でコーヒーを淹れはじめた川野さん。「コーヒー飲まないと始まらないよね」そういって早速ルワンダのコーヒーを淹れてくれた。透明感のある優しい甘さのコーヒーは、まるで川野さんの人柄をあらわしているかのような味わいだ。そんな彼が「LIGHT UP COFFEE」を立ち上げることになったきっかけとは何だったのだろうか。
「自分でルールを作って納得した上で好きなことで動いていきたいなっていうのが根本にあって、自分の好きなことで会社を立ち上げようとずっと思っていました。元々社会性のある仕事がしたくて、みんなが幸せになって欲しいなっていう気持ちを持っていましたし、仕事をするにしても社会にとって意味のある仕事がしたいなと。
そんな中、たまたまスペシャルティコーヒーと出会って、超フルーティーなコーヒーに衝撃を受けました。そのコーヒーをつくっている人がいて、生産者ごとに味が違ったり、美味しい分だけ彼らにもお金がわたるということを知り、当時コーヒーは苦いものっていうイメージがあった中で、それを覆す文化的な新しさだったり、関わる人たちも幸せになるし、純粋に自分が美味しいと思ったものを広めたいな、という気持ちがそこで全部が繋がってコーヒー屋を始めようと思いました」
バリスタは生産者との橋渡し的存在
2014年吉祥寺にLIGHT UP COFFEEをオープンした川野さんは“美味しいコーヒーを広めたい”という一心でバリスタとしてカウンターに立ち続けた。コーヒーの楽しさを伝えていく中で意識していることを次のように語る。

「お客さんとちゃんとお話するっていうのを一番大事にしています。ただコーヒーを渡すだけの接客だと、その人がコーヒーへの興味を持ちきれないと思っていて、コーヒーを飲んでもらって『美味しいな、面白いな』って思った時に、そういえばこんな味がするっていってたなとか、こういう風な理由で味が違うとかいっていたなっていうのがなんとなく頭に浮かんでもらえたらいいなと思います」
「最近思うのが、ナチュラルワインとかってみんな畑の話とか土壌の話とか家族の話をするんですけど、それってコーヒーのように、間にたつロースターやバリスタがいないからで、味を作っているのがそこでしかないから自然とそういう話をする。
ただコーヒーも同じで、生産者によって味が違うし、生産地で0から1をつくっている。バリスタはその1を1.01にするだけで焙煎も淹れ方もその豆があってこそのもの。コーヒーをつくったバリスタがすごいで終わってほしくなくて、スポットライトを生産者に向けてもらえるといいなって思っています」
決して押し付けるわけではなくコーヒーを気軽に楽しんでもらいたいという接客方針は、毎日純粋にコーヒーと向き合う川野さんらしいスタイルだ。「バリスタはあくまでも生産者さんとの橋渡しとしての存在」という彼の言葉の中にはコーヒー生産者へ込めたリスペクトが感じられる。
自らの手で生産に携わった一杯が、届けた“ロマン”と体験
そんな彼が初めて生産地を訪れたのがお店をオープンして2年目のこと、インドネシアのバリ島へ行くことになった。しかしそこはイメージしていたコーヒー農園とは違い、暗い小屋に小さい皮むき機があり小屋の裏には剥いたチェリーの皮が山盛りに重なっていて、発酵槽は泥だらけ、というショッキングな光景だったという。初めて生産現場を目の当たりにした川野さんだが逆に「もしちゃんときれいにコーヒーをつくったらどうなるんだろう」と生産に興味をもったきっかけになったという。

「その時に『300kg豆を買うので、僕のやり方のレシピでつくってくれませんか』と聞いたらやってくれることになって、そこからひたすらプロセスについて勉強して、乾燥台もつくり発酵もph計を使いロジカルにやりながら、全部ちゃんとやってつくったコーヒーがめちゃくちゃ美味しかったんです。それまでの意識は“どう焙煎するか”みたいに思っていたのが完全に産地で決まるじゃん!みたいな、焙煎技術ももちろん大事だけど、それよりもどうやって豆を作るかっていうのが大切だと気づけたのが結構大きかったです」
そこからいろんなアジアの農園を回りはじめ、現地の生産者とどうやったら美味しいコーヒーが作れるのかを一緒に考えてきたという。そんな川野さんに初めて自らが生産に携わったコーヒーをお店で出したときの想いを伺った。
「とても嬉しかったし、なんかこういうことなんだろうなって思いました。アジアの誰も知らない農園のコーヒーを自分たちで美味しくしてできたコーヒーってもうロマンしかない。スペシャルティコーヒーのお店ならどこに行ってもケニアやエチオピアとかが並ぶ中でお客さんにとっても『なんでアジアのコーヒー?』と興味が湧くし、もっとコーヒーの体験が広げられるんじゃないかなって思いました」
アジアでのコーヒー生産を通じて消費者へ新しいコーヒー体験を届ける彼は、生産者側からみる現場の課題についても教えてくれた。
「シングルオリジンのコーヒーをやっている理由って“生産者が続いていくコーヒーだから”でしかなくて、なんで続いていくかっていうと美味しいコーヒーをつくる、混ぜられずに届く、そのコーヒーにファンがつく、ファンがつけば高い価格で買えるからぐるぐるといい循環がうまれていくっていう仕組みで。
ただそれが成り立たない農家さんもたくさんいて、理由としては商社と繋がっていないため販売ルートが無く、街の会社に買い叩かれるわけではないけど、そこからなかなか抜け出しにくくなってしまう。そもそも農業って守る仕事なので、コーヒー農家さんも攻めて新規事業を始めようみたいなテンションでは全くなくて、いかに天候とかリスクを憂いながら守っていくかっていうことを大事にしている。なので消費者国側でもっと山奥の全農家さんを見つけて繋がって販売や生産のお手伝いをしてあげるのが一番ですが、コーヒーはネットワークがなかなかつくりにくく、地理的にもビジネスモデル的にも難しいのが現実です。あとはキャッシュフローの問題があって、美味しいコーヒーをつくろうと思ったら今まで1回で収穫していたチェリーも、熟したチェリーだけを収穫するためには4回に分けて収穫する必要があるのでその分人件費も何倍もかかる。人を雇う為に最初にお金が必要だけどコーヒーは売ったあとにお金が入るのでこのループから中々抜け出せない」
生産地の課題はまだまだ山積みだが、農家さんと付き合いをしていく中でポジティブな部分のお話も聞かせてくれた。
「ベトナムの生産者さんのローランさんとジョシュさんを東京に招いた時に何が一番良かったかを聞いたら、自分たちのつくったコーヒーを飲んでくれている人たちを間近で見れたことといってくれたのが嬉しかったですね」
コーヒーを作る生産者にとって、自分たちがつくったコーヒーがどこで誰に飲まれているかは分からずそれではモチベーションも湧きにくい。「農園の情報を消費者に伝えるだけの一方通行のトレーサビリティではなく、トレーサビリティさえ循環しないといけない」と生産者との繋がりや透明性を大事にしてきた川野さんは言う。
最後にこれから新しくコーヒーライフをスタートしたいというライトユーザーの方たちに美味しいコーヒーの楽しみ方を教えていただいた。

「器具もデザインとか雰囲気で選んでもらって手に馴染むものを使ってもらうと気分も上がるし楽しく淹れられるんじゃないかな。毎日のルーティンのなかにコーヒーがあるといいっていうのに気づいてもらえるとよくて、外にいかなくていいし、カフェイン効果もあって集中力も高まるし、純粋にうまくてわくわくするし、コーヒーってなんかいいなって思ってもらえたらと嬉しいです」
「サウナいくとかキャンプいくとか、地方にいくとかアウトプット型の体験の中にコーヒーもあると思っていて、いい景色のとこでコーヒー淹れて楽しいみたいな、そういう方向性のコーヒー体験が今後もっと増えていくといいなと思っています、肩の力を抜いて気軽に楽しんでください」
「日常を明るく照らす」LIGHT UP COFFEEの店名にはそんな意味合いが込められている。改めてコーヒーは私たちの生活に彩りを与え、活力をもたらしてくれるものだと感じさせてくれた。
【プロフィール】
川野 優馬 / KAWANO YUMA
LIGHT UP COFFEE

大学在学中にコーヒーの魅力に取り憑かれ、2012年ラテアート全国大会で優勝。その後シングルオリジンコーヒーと出会い、美味しいコーヒーで世界を明るくする「LIGHT UP COFFEE」を吉祥寺にオープン。店舗を経営する傍ら、株式会社リクルートホールディングスに就職しUXデザイナーとして1年半勤務した後、株式会社ライトアップコーヒーを設立、京都店、下北沢店をオープン。経営者兼バリスタとして働く。2019年10月には株式会社 WORCを設立し、オフィスで働く人に美味しいコーヒーを届ける福利厚生サービス「WORC」を開始した。アジアのコーヒーを美味しくしようと、バリ島とベトナムに精製所を建て、コーヒー生産も行っている。
【スタッフクレジット】
INTERVIEW&TEXT/RYOTA MIYOSHI